なんだか小さな時に戻った気分だ。
幼い頃の誉も、よく学校帰りの俺にくっついて歩くのが好きだった。箱入り娘の小さなお嬢さんは、騒が
しい街中をいつも物珍しそうに見つめていたものだ。
「先生」
「ん??」
「もうそろそろ、お兄ちゃんって呼んでもいい?」
突然言い出した誉の言葉に、俺は一瞬歩みを止めた。
「――!! や…まだ学園出たばかりだし」
「なんだー、じゃあどこからいいですか?」
「うーん……」
「まだ?」
「そうだなぁ」
「周り、ほとんど誰もいないですよ?」
「ああ……」
歯切れの悪い返事に、誉はプイと顔を横に向け、急に早足になって俺の前へと進んだ。
誉は数歩行った先の電柱の下でこちらを振り返り、鞄を後ろ手にまっすぐ立った。
「――ん?」
「じゃあ、ここまで」
誉は一本の線を引くように、地面につま先をはわせる。
何をしているのだろうと首をかしげると、誉は足元を指差して呟いた。
「この線を越えたら、お兄ちゃん、です」
「……はは」
俺がゆっくりとその線のところまでたどりつくと、誉は微笑んだ。
生徒としてクラスの中にいる時とは全然違う表情の誉が、そこに立っている。
いつまでたっても誉はこんな風に、手をひいて歩いた幼い頃の顔を時々覗かせた。
「お兄ちゃん」
「うん」
「こうやって歩くの、ほんとに久しぶりだね」
「誉は昔っからこうやって歩くのが好きだなぁ」
小鳥遊家のお屋敷へと続く方へは入らずに、俺と誉は二人回り道をしながら街中を歩く。
学園に沿って立ち木の並ぶ道は、人影もなく静かだった。
「ねえお兄ちゃん、先生って楽しい?」
「ん? そうだなー、一応なりたくてなったからなぁ。遅刻多いけどサ」
「お兄ちゃんって昔からそうだよねぇ。私が毎朝お迎えにいこうかな」
誉は少し前のめりになりながら、俺の顔を覗き込んでくる。
(誉と一緒に帰宅途中での一場面。この頃は、まだ髪の毛を括っています)
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